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丁寧に記載したはずのマニュアルなのに、「読んでも何をすればいいかわからない」と言われた経験はないでしょうか。
手順は漏れなく記載した。用語もそろえた。それでも伝わらないとき、原因は書き手の努力不足ではないかもしれません。
今回は、マニュアルが伝わらない原因を日本語そのものの構造から整理し、見直しの考え方を解説します。
目次
伝わらないのは「書き手の能力」のせいではない
主語がなくても文が成り立ってしまう
「察してください」は文書では通じない
「はい」も「必要に応じて」も意味は1つではない
見直しは「誰が・何を・どうする」から
よくある質問(FAQ)
まとめ
書籍『「はい」が7つの意味を持つ国』のご案内
マニュアルがうまく使われない理由として、「読み手が読まない」「内容が古い」「図が足りない」といった点がよく挙げられます。どれも関係はあります。ただ、本当の問題はもっと根深いところにあります。
その問題とは、日本語が「暗黙の了解」や「文脈の共有」を前提にした言語だという点です。
対面の会話では、この前提がうまく機能します。相手の表情や身振り、声のトーンが情報を補ってくれるからです。伝わっていないと感じたら、その場で言い直すこともできます。
ところが文書では、相手の顔が見えません。初めて読む人にも、10回目に読む人にも、文字だけで同じ正確さで伝えなければなりません。
日常会話で通じる省略を、そのまま文書に持ち込んでしまうことが、マニュアルが伝わらない原因の大半を占めています。
つまり、書き手の能力ではなく、言語の仕組みの問題です。
仕組みがわかれば、どこを見直せばよいかも見えてくるでしょう。
ここからは、マニュアルで特に誤読を生みやすい日本語の特性を3つ紹介します。
英語では「I love you.」のように、ほとんどの文で主語が必要です。
一方、日本語では「愛しています」だけで文が成り立ちます。聞き手は前後の文脈や助詞、動詞の形から、主語を無意識に推測しているのです。
会話ではこの仕組みが自然に働きます。しかし、マニュアルは背景知識のない人が読む文書で、タイムラグもあります。「あのとき」の文脈は共有されていません。
フィンテックスが関わった現場でも、こうした例がありました。
ある電子部品メーカーでERP導入時のマニュアルの作成支援をしたときのことです。
既存のマニュアルには「ステップ3で入力してください」と記載されていました。マニュアルの執筆者にとっては「読み手が、その欄に入力する」ことは当然でした。ところが新入社員からは、「誰が入力するんですか?」「どこに入力するんですか?」という質問が相次ぎました。
現場をよく知っている書き手ほど、主語を自明のものとして省いてしまいます。主語の省略は、ベテランが書くマニュアルほど起きやすい問題です。
日本には「阿吽の呼吸」という言葉があります。言葉を交わさなくても相手の意図をくみ取ることが、古くから美徳とされてきました。すべてを言葉にするのは「野暮」だと感じる方もいるでしょう。
しかし、マニュアルの読み手は多様です。初めてその業務に就く人もいれば、異なる文化背景を持つ人や、世代が離れた人もいます。対面なら成り立つ「察する」行為が、文書ではまったく通用しなくなります。
たとえば、ある製造工場のマニュアルには「品質に問題がありそうな製品は、出荷を控えるように」という指示がありました。ベテランには長年の勘で判断できます。しかし新人には、その「ありそう」の判断基準が見えません。結果として判断に迷い、上司への相談が増え、作業効率が落ちてしまいました。
ベテランの「常識」は、新人には共有されていません。この溝こそ、マニュアルで埋めるべき課題です。
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日本語には、1つの言葉が複数の意味を持つ例が数多くあります。その代表が「はい」です。
「はい」には少なくとも7つの意味があります。
肯定や相槌、応答、促し、反応、了承のほか、婉曲な拒否にも使われます。
「もう一杯いかがですか」「はい、結構です」の「はい」は、断りの返事です。
会話では、私たちは表情や声のトーンからどの「はい」なのかを瞬時に聞き分けています。しかし文書では、手がかりは文脈しかありません。
たとえば、「以下の条件に該当した場合は、上長に確認してください。はい、と返答があれば[承認]ボタンをクリックします。」という文があるとします。この「はい」が承諾の返事なのか、単なる口頭の応答なのか、最初の読みで迷う読み手は少なくありません。
同じ問題は、マニュアルによく登場するあいまいな表現にも当てはまります。
ある食品流通の会社では、マニュアルの「顧客のご要望には、できるだけ応じるようにしましょう」という一文で解釈が分かれました。ある担当者は採算の合わない案件まで受注し、別の担当者は要望を断ってクレームを受けました。書き手の「優しい」あいまいさが、かえって現場を混乱させた例です。
ここまでの3つに共通するのは、会話なら非言語情報で補えていた部分が、文書では抜け落ちるという点です。
見直しの出発点は、1つひとつの文に「誰が・何を・どうする」が記載されているかを確認することです。
ただし、すべての文に「あなたは」と主語を付ければよいわけではありません。作業する人が複数いる場面や、途中で作業する人が変わる場面では、役割名を明記しましょう。
一方、すべての手順を同じ読み手が行うことが明らかなら、毎文に主語を繰り返す必要はありません。大切なのは、読み手が「誰の操作か」を迷わずに理解できることです。
また、あいまいさがすべて悪いわけでもありません。操作マニュアルではあいまいさを無くすべきですが、業務マニュアルでは「簡単な変更なら自分で判断する」といった柔軟さを残したい場面もあります。マニュアルの種類と、そのあいまいさを意図して残しているかどうかで見直しましょう。
主語を補う範囲や敬語のレベル、表記のそろえ方には、判断の基準が必要です。こうした基準とチェックの手順は、書籍『「はい」が7つの意味を持つ国』の実践編と付録で詳しく紹介しています。
A:文章力だけでなく、日本語の構造も原因の大半を占めています。日本語は主語の省略や「察する」ことを前提にした言語のため、会話で通じる省略をそのまま文書に持ち込むと、読み手に伝わらなくなります。原因を知れば、見直すべき箇所が見えてきます。
A:すべての文に記載する必要はありません。すべての手順を同じ読み手が行うことが明らかな場合は、毎文に主語を繰り返さなくても伝わります。ただし、作業する人が複数いる場面や、途中で作業する人が変わる場面では、役割名を明記しましょう。
A:判断の基準が示されていない場合は、見直しが必要です。誰が、何をもって判断するのかがわからないと、読み手によって解釈が分かれます。一方、業務マニュアルで意図して柔軟さを残す場面もあるため、そのあいまいさが必要かどうかを確認しましょう。
マニュアルが伝わらない原因の多くは、書き手の能力だけでなく、日本語そのものの構造にもあります。主語の省略や「察する」文化、1つの言葉が複数の意味を持つことは、どれも会話ではうまく働く特性です。しかし、文書では誤読のもとになります。
まずは、マニュアルの各文に「誰が・何を・どうする」が記載されているかを確認し、残すべきあいまいさ・消すべきあいまいさを見極めましょう。

本記事で紹介した主語の省略・察する文化・「はい」の多義性は、書籍『「はい」が7つの意味を持つ国 日本語の深みを知ればマニュアルはもっと伝わる』の第1章で扱っているテーマです。著者は、フィンテックス取締役の森田と、当メディアの監修も務める中丸です。
書籍では、この3つに加えて、音や文字、敬語、和語・漢語・外来語といった日本語の「不思議」を全8章でたどります。そのうえで、誰が読んでも同じ意味に届く文章の「型」へと落とし込んでいます。
巻末には「表記統一チェックシート」「マニュアル品質セルフチェックリスト」「敬語レベル判断フローチャート」「マニュアル評価10の視点」を収録しました。コピーして手元に置ける実務ツールとしてお使いいただけます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | 「はい」が7つの意味を持つ国 日本語の深みを知ればマニュアルはもっと伝わる |
| 著者 | 森田 尚子・中丸 貴仁(株式会社フィンテックス) |
| 発売日 | 2026年10月6日 |
| 価格 | 1,540円(税込) |
| ページ数 | 272ページ |
| 判型 | ペーパーバック |
| ISBN-13 | 979-8177807188 |
書籍はAmazonでご購入いただけます。
何気なく使ってきた「はい」の奥に、日本語の奥行きと、伝わる文章のヒントが詰まっています。
日本語の不思議をめぐる旅に、ぜひご一緒ください。
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「はい」の意味、いくつ言えますか?——書籍『「はい」が7つの意味を持つ国』を出版しました
マニュアルコンサルティング
「自社内でマニュアルが作れるようになりたい」というご要望に応え、制作ガイドラインやフォーマットの整備、またWordにおける操作方法のレクチャー会など、様々な上流工程の作業をお手伝いしました。モノづくりではなく企画検討が中心のお仕事でしたが、弾力的なスケジュール対応も含めて大きな評価をいただきました。
操作マニュアル
新サービス立ち上げにともなうマニュアル作成。短期間ながら、ユーザーにやさしい解説とソフトバンクらしいビジュアルにこだわったマニュアルを完成させました。
監修者

企画営業部 営業本部長 / 経営学修士(MBA)
<略歴>
フィンテックスにて、マニュアル作成に関する様々な顧客課題解決に従事。
金融系からエンターテインメント系まで様々な経験から幅広い業務知識を得て、「分かりやすいマニュアル」のあるべき姿を提示。500社以上のマニュアル作成に携わる。また、複数の大企業でマニュアル作成プロジェクトの外部マネージャーを兼務している。
趣味は茶道。
著書:マニュアルが会社を救う: 属人化からの解放
著書:「はい」が7つの意味を持つ国
月刊エコノミスト・ビジネスクロニクルで取材していただきました。ぜひご覧ください。
https://business-chronicle.com/person/fintecs.php
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